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スーパー3店舗を自らの手で全部閉めた男が、早稲田の商店街で見つけた「丁寧に売る」という答え――生産者と消費者を「親戚」にする、東京・早稲田「こだわり商店」を追う

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街の店舗分析|家業の継承と個人商店の再発明を考える編

スーパー3店舗を自らの手で全部閉めた男が、早稲田の商店街で見つけた「丁寧に売る」という答え――生産者と消費者を「親戚」にする、東京・早稲田「こだわり商店」を追う

都電荒川線の終点「早稲田」停留場から徒歩1分。早稲田大学の大隈講堂前から続く「大隈通り」の一角に、こぢんまりとした食料品店「こだわり商店」がある。店主・安井浩和氏は、祖父の代からこの地で商いを続けてきた食料品店「稲毛屋」の三代目だ。3歳から店の手伝いをし、20歳で学生店長になった生粋の商売人でありながら、2007年、父から継いだ直営3店舗・テナント8店舗のスーパーマーケットを、自らの意思で全て閉店するという決断を下す。そこから生まれたのが、全国を巡り自分自身が食べて「本当に美味しい」と感じたものだけを、生産者に直接会って仕入れるという「こだわり商店」だ。閉店の日に常連客から惜しまれた経験、そして父から手渡された1キロの高級米が教えてくれた「丁寧に売る」ことの意味。生産者と消費者を「親戚」にするという、この店ならではの商いのかたちを、店舗立地研究所が徹底分析する。

都電荒川線「早稲田」停留場 徒歩1分/東京メトロ東西線「早稲田駅」徒歩10分
2007年3月 家業のスーパー全店を閉店/同年10月「こだわり商店」開業
大隈通り商店会 加盟店(店主・安井浩和氏が同商店会会長を兼務)
産地直送・生産者直接仕入れの食料品専門店
店主 安井浩和氏(1978年 早稲田生まれ・三代目)

「街の店舗分析」とは

店舗立地研究所が、神奈川・東京・千葉・大阪の主要圏で気になるお店を独自に取り上げ、その店舗ならではの魅力や工夫を深掘りするとともに、商圏特性、店舗立地、顧客層、利用動機などの観点から分析するシリーズです。単なる店舗紹介や格付けではなく、実在するお店を通じて「なぜこの場所で、この業態が支持されるのか」を考えます。

今回取り上げる「こだわり商店」は、東京都新宿区西早稲田、早稲田大学のすぐ近くに店を構える食料品店です。選定の理由は明確です。多くの個人商店が「家業を継ぐ」ことに苦心する時代に、この店の店主は一度家業を完全に清算し、ゼロから自分の店を作り直すという、通常の事業承継とは逆方向の決断をしています。しかもその決断の背景には、大手スーパーやネット通販に対抗するのではなく、「自分が本当に美味しいと思うものだけを、丁寧に売る」という、規模の拡大とは正反対の方向に舵を切るという明確な戦略がありました。本記事は、複数のインタビュー記事、SNS等の公開情報を基に、この店の独自性を掘り下げていきます。

先に結論:「こだわり商店」は、一人の跡取りが家業を一度完全に手放し、その先に見つけた「丁寧に売る」という商いの原点を、20年近く実践し続けている稀有な事例です。店主・安井浩和氏は1978年、早稲田生まれ。祖父が戦後に始めた鶏肉店を父・安井潤一郎氏の代でスーパーマーケット「稲毛屋」へと発展させ、3歳から店を手伝い、20歳で学生店長を任されるほどの生粋の商売人として育った。潤一郎氏は早稲田商店会会長としての地域活動を経て2005年の衆議院議員総選挙で東京ブロック比例区から当選し、国政に進んだ。父から家業を継ぐよう言われた場面もあったというが、安井氏はスーパーの将来性への疑問から独立の道を選び、2007年3月、直営3店舗・テナント8店舗のすべてを自らの手で閉店させる。この決断には多くのクレームが寄せられたが、閉店の日に常連客から惜しまれた経験が、安井氏に「地域に育ててもらった」ことを実感させた。全国の生産者を巡り、自分自身が食べて美味しいと感じたものだけを、生産者に直接会って仕入れる「こだわり商店」を同年10月に開業した後も試行錯誤は続いたが、父から手渡された一杯のお米をきっかけに「丁寧に売る」という自身の商売の原点を見出す。現在は大隈通り商店会の会長も務め、修学旅行生の販売体験受け入れや都電荒川線沿線でのまちづくり事業にも関わりながら、地域に根づいた個人商店の新しいかたちを実践し続けている。

3歳から店に立ち、20歳で学生店長――三代続く食料品店の跡取りが、なぜ自らの手で全店を閉めたのか

こだわり商店の物語は、新しい何かを始めることからではなく、まず「終わらせる」ことから始まった。店主・安井浩和氏は1978年(昭和53年)、東京・早稲田に生まれた。祖父は戦争から帰還した後、「これからは粗食ではなく動物性タンパク質が必要になる」との考えから鶏肉を扱う店を始め、そこから総合食肉問屋としての商いへと発展させた。父・安井潤一郎氏の代になると、食品や菓子など様々な食材を扱うスーパーマーケット形態の店舗「稲毛屋」へと業態を転換する。安井浩和氏が生まれたのは、ちょうどこの転換期にあたる。3歳の頃から玉ねぎやジャガイモの袋詰めから店頭販売まで、店の手伝いをしているような暮らしだったと本人は振り返っている。決定的だったのは小学生低学年の頃の体験だ。年末、賞味期限が近い商品を「これを全部売ったらお年玉を倍にしてあげる」と父から任され、値付けから売り方まで全てを自分で考えて売りさばいたという原体験は、その後の商売人としての原点になったとインタビューで語られている。

高校生の頃から店の現場に入り、大学時代もほぼ店で働き続けていた安井氏は、20歳を超えた頃には正式に店長を任されるようになる。加盟店として本部の指定通りに商品や特売メニュー、陳列を決められる不自由さに疑問を抱きながらも、時給制の非効率さから正社員となり、売り場づくりや企画に没頭していく。しかし、そうして仕事に没頭するうちに、古くから働いていた従業員たちの仕事を奪う結果になっていたことに、安井氏はある時気づく。気がつけば、店は安井氏とパートスタッフだけで回るようになっていた。同じ頃、父・潤一郎氏は早稲田商店会の会長として、夏休みに学生がいなくなり閑散とする「夏枯れ」対策のイベント「エコサマーフェスティバル」を成功させ、それをきっかけに環境・リサイクル・バリアフリー・震災対策・情報化・地域教育など多角的なまちづくり活動を展開する「早稲田大学周辺商店連合会(通称・W商連)」の活動を牽引していた。この活動は後に内閣総理大臣賞を受賞するほど全国的に知られることとなり、当時のスタッフの一人には、後に「稼ぐまちが地方を変える」を著すエリア・イノベーション・アライアンス代表理事の木下斉氏がいたことも、複数の記事で紹介されている。

こうした地域活動の実績を積み重ねた潤一郎氏は、やがて政治の世界に活動の場を広げていく。早稲田実業関連メディアの取材に対して安井氏自身が語ったところによれば、父はその街づくりの活動を評価され、いわゆる「小泉チルドレン」の一人として2005年(平成17年)の衆議院議員総選挙・東京ブロック比例区から出馬して当選し、国会議員になったという。この時、潤一郎氏は安井氏に家業を継ぐよう伝えたとされるが、安井氏は当時すでに、ネットスーパーの台頭という新しい競争環境の中で「同じ土俵では戦えない。このままでは40歳になるまでにつぶれる」という危機感を抱いていた。「スーパーの将来性なども考えて独立してやろうと決めました」と安井氏自身が振り返るように、父の政界進出という家業存続の岐路において、安井氏は継承ではなく独立の道を選ぶ。そして2007年3月、父から引き継いだ直営3店舗・テナント8店舗のスーパーマーケットを、自らの意思で全て閉店するという大きな決断を下した。創業60年を超える店を閉めたことで、地域からは相当な数のクレームが寄せられたという。しかし、その閉店の間際、年配の常連客が店を訪れ、閉店を惜しんでくれた。この時、安井氏は初めて「自分たちは地域の方々に支えられていたのだ」と気づかされたと振り返っている。生まれ育った早稲田の地で商売を続けていかなければならないという思いを新たにした安井氏は、規模を大幅に縮小しながら、全国の生産者を自ら巡り、自分自身が気に入った商品だけを取り扱う新しい店づくりへと歩みを進めていく。

店舗名
こだわり商店(旧称・こだわり商店 稲毛屋/運営:株式会社稲毛屋)
所在地
東京都新宿区西早稲田1-9-13
アクセス
都電荒川線「早稲田」停留場から徒歩約1分/東京メトロ東西線「早稲田駅」3a・3b出口から徒歩約10分/JR山手線「高田馬場駅」から徒歩約15〜20分
開業・展開の変遷
祖父が戦後、鶏肉店として創業→総合食肉問屋へ発展→父・安井潤一郎氏の代でスーパーマーケット「稲毛屋」(直営3店舗・テナント8店舗)に業態転換 → 潤一郎氏、2005年衆議院議員総選挙で当選し国政へ → 2007年3月、安井浩和氏がスーパー全店を閉店 → 同年10月、栃木県茂木町の産品を中心とした約100アイテムのアンテナショップとして「こだわり商店」を早稲田に開業(文化放送NEWS ONLINE、早稲田実業関連メディアの双方が2007年10月説を明記。Wedge ONLINEには2009年10月開業とする記述あり)→ 2013年、都電荒川線沿線のまちづくり会社「株式会社都電家守舎」設立に参画 → 2015年以降「都電テーブル」(早稲田・雑司が谷・東尾久三丁目の3店舗)を展開
店主
安井浩和(やすい・ひろかず)氏/1978年 東京・早稲田生まれ/株式会社稲毛屋 代表取締役/株式会社都電家守舎 取締役/大隈通り商店会 会長
業態
食料品店(青果・鮮魚・精肉・加工食品・調味料等の生産者直送品を中心としたセレクト型スーパーマーケット)+近隣配達サービス+オンライン販売
取扱商品
全国の生産者から直接仕入れる産地直送品を中心に、開業時は約100アイテム、現在は32都道府県・1,200〜1,600アイテム程度(参照資料により言及数に幅あり)/一品目一メーカーの原則を採用
営業時間
平日10:00〜21:00/土曜10:00〜18:00/日曜・祝日休み
電話番号
03-3203-5801
SNS・公式サイト
Instagram(@codawarishouten)X(@codawarishouten)Facebook(こだわり商店)オンラインショップ(codawari.thebase.in)

「丁寧に売ればいい」――父からもらった一杯のお米が教えてくれた、商売の原点

スーパーを閉め、新しい店の方向性を模索していた安井氏にとって、大きな転機となったのが、父・潤一郎氏からのある一言だった。早稲田商店会会長として、また国会議員として年間250本以上の講演活動を行っていた潤一郎氏は、講演先の各地から様々な土産を持ち帰っていたが、ある日、一家ではまず食べきれないほど大量の、精米された地方産のお米が届けられた。文化放送NEWS ONLINEの取材によれば、そのお米を見た潤一郎氏は安井氏に「売っちゃおう。ただ、丁寧に売ろう」と提案したという。「丁寧に売る」という言葉の意味が分からず尋ねた安井氏に対し、潤一郎氏は「自分で考えろ」の一点張りだったと伝えられている。一方、Wedge ONLINEのインタビューでは、この時の潤一郎氏の言葉を「普通に売ったらダメに決まってる。丁寧に売ってみろ」と伝えており、媒体によって逐語的な表現には違いが見られるが、いずれも「丁寧に売れ」という趣旨は共通している。当時、店で売れていたのは複数地域のコシヒカリをブレンドした5キロ1,400〜1,480円程度のお米だった。試しにそのお米を炊いて食べ比べてみたところ、「悪いけど、うちで売ってた米にはもう戻れない」と思うほどの違いに衝撃を受けたと安井氏は振り返る。

「なんでこんなにうまいんだろうと思って生産者に電話したら、どういう思いで何にこだわって作っているのかがわかった。それをポップに書いて1キロ1,000円で売ったらあっという間に売れたんです。そのことを親父がブログに書いたら、今度は佐渡の生産者から電話が来て、『今年の献上米はうちなので、ぜひ売ってほしい』と。こういう動きは生産者も見ているんだな、とわかったんです。」

――安井浩和氏(Wedge ONLINE インタビューより)

それまで5キロ1,400円前後で販売していたお米を、ほぼ5倍の価格である1キロ1,000円で販売したにもかかわらず、瞬く間に売れたという体験は、安井氏にとって「丁寧に売る」ことの威力を実感する原点となった。単に商品を並べるだけでなく、生産者に直接電話をして、その人がどんな思いで、何にこだわって作っているのかを聞き、それをポップという形で言葉にして伝える。この一連のプロセスこそが、後の「こだわり商店」における商品選定・仕入れの基本姿勢の土台になったことが、複数のインタビューで一貫して語られている。安井氏はこの経験を経て、全国の生産地を自ら巡り、自分自身が食べて「本当に美味しい」と感じたものだけを集めた食料品店の構想を具体化させていく。ただし、その道のりは決して平坦ではなく、開業当初の売り上げはスーパー時代の10分の1にも届かなかったと文化放送NEWS ONLINEでは紹介されている。こだわりの品を集めた分、1点あたりの単価が上がり、「安さ」を求めていた客の一部が離れてしまったのだ。それでも安井氏は、長年通ってくれていた常連客の「あなたとの会話が楽しくてお店に来てるのよ。あなたが居なかった時は寂しかったわ」という言葉を励みに、目の前の一人ひとりの客との対話を重視する今の姿勢を築いていったという経緯も、この店の成長物語の重要な一節だ。

一品一メーカー、卸を通さない直接仕入れ――生産者と消費者を「親戚」にするという発想

こだわり商店の商品選定における最大の特徴は、「一品目一メーカー」の原則を貫き、同じジャンルで競合する商品を仕入れない方針を取っていることだ。マイナビ農業のインタビューによれば、仕入れを始める前に必ず生産者本人と直接会い、どのような思いでその商品を作っているのかを聞き、自分自身が納得できるかどうかを何よりも重視しているという。ある時、開店以来仕入れ続けている豆腐屋よりも品質が高く、より安く大量に流通できるという別の業者からの営業を受けたことがあったが、これまでの付き合いを重視して断ったという逸話が、massmass.jpのインタビューで紹介されている。その一方で、いつも仕入れている豆腐屋には、こうした営業があったことを率直に伝え、商品の品質改善のために何ができるかを一緒に考えないかと話しかけたという。良質な商品と強い思いを持つ全国の生産者・加工業者と、都市部の消費者とをつなぐ「触媒」としての役割を、安井氏自身が強く自覚している姿勢がうかがえる。

「そうだ、生産者と消費者が親戚づきあいできるようなお店にすればいいんだと気づいたんです」という安井氏の言葉は、この店の姿勢を最も端的に表している。かつて、こだわり商店のお米を勧めた客から「お米は親戚から送ってもらうので買わない」と言われた経験がきっかけだったという。どんなに美味しいお米があっても、親戚から届くお米には勝てない。だったら自分自身が「親戚」のような存在になればいい、という発想の転換だ。生産者にはお客からのフィードバックを丁寧に伝え、お客には生産者がどんな人なのか、そのストーリーを伝える。おいしいかどうかを超えた「好き」という関係性を、店を介して育てていくという考え方は、単なる物販店を超えた、この店ならではの独自の存在価値になっている。

この「対話」を重視する姿勢は、来店客とのコミュニケーションにも徹底して表れている。1日約100人が来店するというこの小さな店では、来店客のほとんどが安井氏と言葉を交わし、商品の説明を受けてから購入していくという。あるNHKの取材をきっかけに来店した客の売り上げが放送から3週間以上経っても落ちなかったというエピソードも、千葉県松戸市から電車と都電を乗り換えて50分以上かけて通ってくれる客がいるという事実も、「良い商品というだけのマグネットだけでなく、店長のキャラクターに惹かれて人が集まる」という安井氏自身の分析を裏付けている。さらに、こだわり商店は全国から訪れる修学旅行生の店頭販売体験の受け入れにも力を入れている。早稲田実業関連メディアの取材によれば、年間に受け入れる修学旅行生は約20校・約1,000人にのぼり、これまで視察に訪れた団体は約260団体に達するという。最初はやらされ感の強い生徒たちも、15分ほど経つと自ら呼び込みの声を大きくし始め、過去には青森からの修学旅行生がリンゴを1時間で800個売った例や、三重県度会中学校の生徒が3時間半で過去最高となる10万8,300円を売り上げた例も記録されている。生徒の成長、地域の賑わい、店の利益という三方よしを実現するこの取り組みには、安井氏の「街への満足度が上がれば、街を使いたくなり、店の利益も上がる」という一貫した考えが表れている。

正直に言うと気になった点:学生街特有の「夏枯れ」構造と、店主個人への依存度

今回の調査で気になった点のひとつは、こだわり商店が立地する早稲田エリア特有の需要構造だ。中小企業庁「がんばる商店街77選」に掲載された早稲田大学周辺商店連合会の公開資料によれば、この商圏(7商店会・450店規模、商圏人口2万〜2.5万人)は、夏休みになると商圏人口の多くを占める学生がいなくなり、商店街全体が閑散としてしまうという構造的な課題を抱えている。父・潤一郎氏の時代から「夏枯れ対策」としてイベントが企画され続けてきたのも、この需要変動の大きさを商店街全体で補うための取り組みだったと理解できる。こだわり商店の客層は子育て世代や地域の常連客が中心とされ、学生の在籍状況に直接左右されない基盤を持っているように見えるが、大学周辺という立地特性上、こうした季節変動の影響を完全に免れているとは考えにくく、公開情報だけではその実際の影響度合いを判断することはできなかった。

もう一つ気になったのは、この店の運営が店主・安井氏個人のキャラクターと商売人としての勘に強く依存している点だ。来店客のほとんどが安井氏本人と会話をしてから商品を購入するという店の魅力は、裏を返せば、安井氏が店頭に立てない時間帯や将来的な事業承継の場面において、この店ならではの体験価値をどう維持していくのかという課題にもつながる。安井氏自身は都電荒川線沿線でのまちづくり事業(都電家守舎、都電テーブル)や、修学旅行生への販売体験を通じた次世代への「モノを売ることの価値」の伝承にも力を入れており、この点への意識は高いと見受けられるが、こだわり商店という一店舗単位での事業継続性については、公開情報の中に具体的な言及は見当たらなかった。地域に深く根づいた個人商店であるだけに、その持続可能性については今後も注目していきたい。

もっと広がりそうな3つの可能性

ここまでは、こだわり商店が現在どのように運営され、どのような課題に向き合っているのかを見てきた。ここからは少し視点を変えて、店舗立地研究所として「この店には、まだこんな広がり方があるのではないか」と感じた提案を3つ挙げてみたい。これはあくまで公開情報とエリア特性から店舗立地研究所が独自に考察したものであり、こだわり商店が実際にこうした計画を持っているかどうかを示すものではない。

1.「親戚づきあい」の物語を、店の外にも持ち出せる形にする

生産者への電話取材を経て書かれるポップの一言は、現状では来店した人だけが店頭で読める情報にとどまっている。この生産者ごとのエピソードを、商品に添える小さなカードやオンライン上の記録として残し、購入者が後から見返せる形にすれば、「親戚づきあい」という関係性を、来店の瞬間だけでなく、その後の食卓の時間にまで広げられるのではないか。

2.修学旅行生の販売体験を、商いの教育プログラムとして体系化する

15分で呼び込みの声が変わり、1時間でリンゴが800個売れたという修学旅行生の体験は、現状では受け入れの都度その場で行われているように見える。この体験の流れを簡単なプログラムとして整理し、大隈通り商店会全体、あるいは他地域の商店街にも共有できる「商いの原体験プログラム」として発信すれば、こだわり商店が個店の枠を超えて、次世代への商売人育成というテーマの発信源になる可能性がある。

3.都電荒川線沿線の3拠点(都電テーブル)と連携した「産地と暮らしをつなぐ」企画

安井氏は都電家守舎の取締役として、早稲田・雑司が谷・東尾久三丁目に展開する「都電テーブル」にも関わっている。こだわり商店で扱う生産者の商品を、沿線の他拠点でも紹介する連携企画や、沿線住民向けの生産者訪問ツアーのような取り組みを行えば、一店舗の商圏を超えて、都電荒川線沿線というエリア全体で「生産者と消費者の親戚づきあい」という理念を広げていく余地があるのではないか。

早稲田大学周辺商店連合会・商圏人口2万〜2.5万人。学生街×地元密着という二層構造の中の「こだわり商店」

こだわり商店が立地する大隈通り商店会は、早稲田大学のシンボルである大隈記念講堂から、都電荒川線の終点「早稲田」停留場に向かって約300メートル続く商店街だ。昭和41年に「早栄会商店部」から独立して発足し、飲食店や日用品店などが軒を連ねている。この大隈通り商店会を含む早稲田大学周辺の7つの商店会と古書店街は、「早稲田大学周辺商店連合会(通称・W商連)」として連携しており、中小企業庁が公開する「がんばる商店街77選」の資料によれば、この連合商店会は450店舗規模、商圏人口は2万人から2万5千人と整理されている。この商圏の最大の特徴は、居住者と学生という二つの異なる人口層が重なり合っている点だ。通常時は早稲田大学の学生・教職員という厚い流動人口が上乗せされる一方、夏休み等の長期休暇期間には商圏人口の大半を占める学生がいなくなり、商店街全体が閑散としてしまうという、他の住宅地型商圏にはあまり見られない需要の季節変動が生じる。

この課題に対して、早稲田大学周辺商店連合会は平成8年の「エコサマーフェスティバル」を契機に、環境・リサイクルだけでなく、バリアフリー、震災対策、地域教育など多角的なまちづくり活動を展開してきた。空き缶・ペットボトルの回収機を設置し、リサイクル活動と個店への集客を結びつけた「エコステーション」の取り組みは全国約100の商店街に広がり、「震災疎開パッケージ」という独自の防災連携の仕組みも生まれている。こうした地域ぐるみの取り組みが評価され、この連合商店会は内閣総理大臣賞を受賞するに至った。こだわり商店の店主・安井浩和氏自身も、父の代から続くこうした地域活動の土壌の中で育ち、現在は大隈通り商店会の会長として、商店街を昼間だけ歩行者天国にする取り組みなど、店の直接的な利益にはつながらない地域活動にも力を注いでいる。「早稲田に住むお客様の満足度を上げることが、街を使いたくなる気持ちにつながり、結果的に店の利益にもつながる」という安井氏の考え方は、この商圏特有の「学生街×地元密着」という構造を踏まえた上での、長期的な視点に立った経営判断だと理解できる。

早稲田大学周辺商圏の特性 公開値・公開情報 「こだわり商店」への読み替え
連合商店会の規模 7商店会・450店規模(中小企業庁「がんばる商店街77選」) 単独店舗としての集客力に加え、商店会全体でのイベント・まちづくり活動が来街動機を補強する構造になっています。
商圏人口 2万人〜2万5千人(同資料) 都心部の商圏としては規模が大きくない一方、大学関連の流動人口が季節的に大きく上乗せされる特性があります。
夏季の需要変動 夏休み期間、学生の大半がいなくなり商店街が閑散化(同資料) こだわり商店の主要客層は子育て世代・地域住民とされていますが、立地特性上、季節変動の影響を一定程度受ける可能性があります。
最寄りのアクセス 都電荒川線「早稲田」停留場から徒歩1分 都電荒川線沿線という独自の生活圏を持つ立地であり、店主が同沿線のまちづくり事業(都電家守舎)にも参画している点と整合的です。
地域活動の実績 連合商店会が内閣総理大臣賞を受賞(同資料) 地域全体の知名度・信頼性の高さは、個店単位のブランディングにも一定の後押しになっていると見られます。

※早稲田大学周辺商圏のデータは、中小企業庁「がんばる商店街77選」に掲載された早稲田大学周辺商店連合会の公開情報を基に店舗立地研究所が整理したものです。統計値は商圏全体の傾向を示すものであって、こだわり商店単体の来店客数や商圏そのものを表すものではありません。

店舗立地研究所が「気になる」と感じた3つのポイント

1.「終わらせる」勇気があったからこその再出発

創業60年を超える家業を自らの手で完全に閉店させるという決断は、多くの事業承継の議論とは正反対の選択です。父の政界進出という継承の機会があったにもかかわらず独立を選んだ判断があったからこそ、現在の独自の商いのかたちが生まれた点は特筆に値します。

2.価格ではなく「思い」を売るという転換

5キロ1,400円のお米から1キロ1,000円のお米へ。価格の高さではなく、生産者の思いを言葉にして伝えることで需要を生み出したという経験は、個人商店が大手に対抗する上での本質的なヒントを示しています。

3.店の利益に直結しない地域活動への投資

大隈通り商店会会長としての活動、修学旅行生の受け入れ、歩行者天国化の交渉など、直接の売上にはつながらない取り組みへの継続的な投資は、長期的な地域との関係構築を重視する経営姿勢の表れです。

店舗経営の視点:家業の再出発と、商店街単位での支援制度

創業家の家業を一度完全に清算し、ゼロから小規模な個人商店として再出発したこだわり商店のような事例は、通常の「事業承継」の枠組みとは異なる形の創業として捉えることができる。以下は、こだわり商店の運営者が現在こうした制度を実際に利用している、または利用を必要としていると確認したものではない。あくまで、同様の形で家業の再構築・小規模店舗としての再出発を検討する個人事業者・中小企業者が、今後の判断において一般的に参考となり得る新宿区・東京都の制度を、参考情報として整理したものである。

創業・第二創業に関わる支援制度(新宿区)

新宿区は、区内で創業を予定している方や創業後5年未満の方を対象に「特定創業支援等事業」を実施している。動画セミナーや創業スクール等を受講し、経営・財務・人材育成・販路開拓の知識を習得することで、登録免許税の軽減など複数の優遇措置を受けるための証明書が発行される仕組みだ。現在発行されている証明書の有効期限は令和9年3月31日までとなっている。また、既存の事業を一度整理し、新たに別の業態で再出発するようなケースであっても、区内での創業計画が具体的であれば対象となり得る制度であり、家業の再構築を検討する事業者にとって参考になり得る制度のひとつだ。

商店街の空き店舗活用・販路開拓に関わる支援策(新宿区・東京都)

新宿区は商店街区域内の空き店舗を活用して創業する事業者に対し、最大2,000万円・利子・保証料を全額補助する「商店街空き店舗活用支援資金」を実施している(2027年3月まで実施予定)。また、新宿区は商店会が実施するイベント事業や地域力向上事業、活性化事業等を支援する「にぎわいにあふれ環境にもやさしい商店街支援事業補助金」も用意している。東京都産業労働局も、商店街等が行うイベント事業や街路灯設置、ホームページ作成、ポイントカード導入等の活性化事業に対して助成を行っており、こうした商店街単位の支援は、個店単独の投資というよりも、大隈通り商店会のような地域全体の集客力向上という観点から間接的な後押しになり得る制度群だと言える。

販路開拓・小規模事業者向けの補助金(東京商工会議所新宿支部)

新宿区内で事業を営む小規模事業者を対象に、東京商工会議所新宿支部が窓口となる「小規模事業者持続化補助金」がある。ECサイトの機能強化、近隣配達サービスの拡充、店舗の設備改善といった販路開拓に関わる経費は、事業計画や公募要件に合致すれば、この補助金の検討対象になり得る場合がある。申請にあたっては、商工会議所から発行される「事業支援計画書(様式4)」の取得が必要であり、公募期間・補助対象経費を事前に確認しておくことが重要だ。

補助金・支援制度は、採択や交付決定が約束されるものではなく、申請前に契約・発注・支払いを行うと対象外になる制度もある。まず店舗の課題と必要な投資を整理し、その後に対象制度、公募期間、補助対象経費、申請窓口を確認する順番が重要だ。

【街の店舗分析まとめ】

「こだわり商店」は、三代続いた食料品店の跡取りが、一度その家業を完全に手放すという大きな決断を経て見つけた、「丁寧に売る」という商いの原点を実践し続けている稀有な事例だ。父・安井潤一郎氏が地域活動の実績を経て国政に進み、家業の継承を打診された場面もあったとされる中で、あえて独立の道を選んだという背景は、この店の物語に一層の深みを与えている。父から手渡された一杯のお米が教えてくれた「価格ではなく思いを伝える」という発想、そして「生産者と消費者を親戚にする」という独自の理念は、単なる食料品店の枠を超えた、この店ならではの価値を形づくっている。大隈通り商店会会長としての地域活動、修学旅行生の受け入れ、都電荒川線沿線でのまちづくり事業への参画など、店の直接的な利益にはつながらない取り組みに継続的に力を注ぐ姿勢からは、目の前の一人の客との対話を何よりも大切にするという、この店の一貫した哲学が浮かび上がってくる。記事として深く掘り下げるだけの十分な熱量と物語性を備えていると言える。

この記事は公開情報を基にした分析であり、安井様から直接お話を伺えたわけではありません。開業年に関する資料間の記載の相違、父・安井潤一郎氏からの言葉の逐語的な表現の違い、こだわり商店を立ち上げた直後の具体的な試行錯誤の経緯、今後の事業承継や店舗展開への展望など、公開情報だけでは分からないことが数多くあります。もし取材の機会をいただけましたら、安井さんが家業を一度手放してから積み上げてきた「丁寧に売る」という商いのかたちと、これから早稲田という土地でどのように商店街を育てていこうとしているのかについて、より深く、正確な記事としてお届けできればと思っております。また、本記事の内容に事実と異なる点がございましたら、下記のお問い合わせ先までご連絡いただけますと幸いです。

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出典・確認資料

執筆・分析:太田 満/編集:店舗立地研究所編集部

本記事は店舗の優劣や経営状態を格付けするものではありません。公開情報を用いて、地域店舗の魅力と立地・店舗経営上の可能性を独自に考察したものです。売上、利益、実際の顧客構成等を推定・保証するものではありません。営業時間・在庫状況・イベント内容は変更されることがあるため、ご来店・お申し込み前に必ず公式SNSでの最新情報をご確認ください。

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この記事を書いた人

太田 満のアバター 太田 満 店舗立地研究所及び合同会社ビジネスデザインラボラトリーズ代表

合同会社ビジネスデザインラボラトリーズ 代表社員
店舗立地研究所 代表

株式会社みずほ銀行にて16年間、数百社の中小企業オーナー・個人事業主の渉外・融資審査・経営相談業務に従事。
2021年独立後は創業支援・店舗出店支援を多数手がける現役コンサルティング会社代表。

専門は店舗事業の商圏(エリア)分析。2,000以上のエリア分析を実施し、「負けない店舗経営」「失敗しないフランチャイズ選び」を支援中。

資格:中小企業診断士・宅地建物取引士・フランチャイズオーガナイザーのほか、賃貸不動産経営管理士・管理業務主任者・不動産証券化マスター・M&Aシニアエキスパートなどの資格も保有。

第19回(2026年4月30日締切)小規模事業者持続化補助金の申請者に対して、KLA(KDDI Location Analyzer)を用いた自社商圏分析サポートを実施。

その他、税理士事務所様などと共催の補助金セミナーなども行っており、店舗立地や補助金などのセミナー依頼も、公式LINEからお気軽にお問い合わせくださいませ。

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