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バンドマンが「感性だけは負けていない」と信じた24歳の弟子入りから20年――音楽と美容、そしてオーガニックコスメへ。代官山「KLAUS」小林英幸の商いの軌跡


街の店舗分析|個人商店のブランディングと事業再生を考える編

バンドマンが「感性だけは負けていない」と信じた24歳の弟子入りから20年――音楽と美容、そしてオーガニックコスメへ。代官山「KLAUS」小林英幸の商いの軌跡

東急東横線・代官山駅からも、渋谷駅からも徒歩15分前後。看板も出さず、駅からも遠いこの立地に、大阪から新幹線に乗って髪を切りに来る客がいるという美容室がある。「KLAUS(クラウス)」オーナースタイリストの小林英幸氏は、かつてビジュアル系バンドで音楽の道を目指していた24歳のとき、ヘアメイクアーティスト・松浦美穂氏(現「TWIGGY.」オーナー)のもとに弟子入りし、美容の世界に足を踏み入れた。感性を武器に人気美容師として一気に駆け上がった裏で、実は21歳のころから自律神経失調症と向き合い続け、32歳では離婚も経験している。その挫折を経て見出したのが、「ホリスティックビューティー」を軸としたオーガニックサロンへの転換だった。2007年、30歳での独立から2026年で20年目、美容師人生としては30周年という節目の年に、店の1階部分をシェアサロン「suu代官山」へとリニューアルするという新たな挑戦にも踏み出している。音楽への愛と美容への探究心を掛け合わせたこの店ならではの商いのかたちを、店舗立地研究所が徹底分析する。

東急東横線「代官山駅」徒歩約15分/各線「渋谷駅」徒歩約15〜20分
2007年 独立・開業(オーナー小林英幸氏 30歳)
コンセプト「we love music」/看板なし・口コミ中心の集客
ジョンマスターオーガニック 日本1号取扱サロン
2026年4月 1階を独立美容師向けシェアサロン「suu代官山」へリニューアル

「街の店舗分析」とは

店舗立地研究所が、神奈川・東京・千葉・大阪の主要圏で気になるお店を独自に取り上げ、その店舗ならではの魅力や工夫を深掘りするとともに、商圏特性、店舗立地、顧客層、利用動機などの観点から分析するシリーズです。単なる店舗紹介や格付けではなく、実在するお店を通じて「なぜこの場所で、この業態が支持されるのか」を考えます。

今回取り上げる「KLAUS」は、東京都渋谷区鉢山町、いわゆる代官山エリアの一角にひっそりと店を構える美容室です。選定の理由は明確です。一般的な美容室の集客セオリーとは真逆の「看板を出さず、駅からも遠く、ホットペッパーのような集客サイトも使わない」という立地・営業戦略にもかかわらず、20年近くにわたって支持を集め続けている点、そして「バンドマンから美容師へ」という異色の転身の裏に、自律神経失調症や離婚という私生活の危機と、そこからの再生の物語があるという点です。本記事は、複数のインタビュー記事、公式サイト・SNS等の公開情報を基に、この店の独自性を掘り下げていきます。

先に結論:「KLAUS」は、音楽への情熱を捨てきれなかった一人のバンドマンが、偶然の出会いから美容の世界に飛び込み、成功と挫折を経て「感性」と「理論」を統合させた、稀有な個人サロンの事例です。オーナースタイリスト・小林英幸氏は新潟県出身。高校卒業後、音楽系の専門学校に進学しミュージシャンを目指すが、生活の厳しさに直面していた24歳のとき、ミュージシャンのヘアメイクを手がけていたTWIGGY.オーナー・松浦美穂氏に誘われ、付き人のような形で美容の世界に入った。当時、月給9万円のアシスタントだった小林氏は、雑誌にスタイルが掲載されたことをきっかけに一気に人気美容師となり、月収は約5倍の50万円にまで跳ね上がる。しかし独立を決めた際、最もお世話になった松浦氏へ事後報告になってしまったという不義理、そして32歳での離婚を経験し、自身が21歳から抱えていた自律神経失調症とも向き合いながら、小林氏は自分自身を見つめ直すことになる。そこで見出したのが、KLAUSを「ホリスティックビューティー(包括的な美)」を体現するオーガニックサロンとして再スタートさせるという道だった。2007年にジョンマスターオーガニックの日本1号取扱サロンとなり、2017年には自社ブランド「Amikole」を立ち上げ、TRUNK(HOTEL)やARTS&SCIENCEといったブランドとのOEM開発も手がけるまでになった。看板を出さず、駅からも遠いという通常なら不利な立地条件を、口コミと技術力だけで乗り越え、2026年には美容師人生30周年・KLAUS開業20年目という節目に、1階をシェアサロン「suu代官山」へとリニューアルするという新たな挑戦を続けている。

ビジュアル系バンドマンの金髪頭が、ヘアメイクアーティストの目に留まった――美容師になるつもりはなかった24歳

KLAUSの物語は、美容師を志すことから始まったわけではない。新潟県出身の小林英幸氏は、高校を卒業した18歳のときに上京し、音楽系の専門学校に進学した。目指していたのはミュージシャンとしての道であり、ビジュアル系バンドに参加して、自らも顔にメイクを施し、髪を真っ白に近い金髪に染めて活動していたという。専門学校卒業後もアルバイトをしながら音楽活動を続けていたが、「クリエイティブなことが好きで、音楽は自分にとって表現手段のひとつだった」と振り返る一方で、それだけで生計を立てていくことの厳しさに直面していた。転機は24歳のときに訪れる。ミュージシャンのヘアメイクを数多く手がけていたヘアメイクアップアーティスト・松浦美穂氏(現「TWIGGY.」オーナー)と出会い、「手伝ってみないか」と声をかけられたのだ。モアリジョブのインタビューで小林氏自身が語るところによれば、ビジュアル系バンドをやっていて自らもメイクをし、白に近い金髪だった見た目も含めて、松浦氏にクリエイティブな雰囲気を感じてもらえたのではないかという。

当時の「TWIGGY.」は麻布十番の雑居ビル4階にあるプライベートサロンとして運営されており、案内された室内には自分が憧れていたミュージシャンが普通に座っていたという衝撃的な光景が広がっていた。「こんな世界があるんだ」と感じたと小林氏は振り返るが、その時点では「美容師になるぞ」と強く決めていたわけではなかったという。松浦氏から「付き人みたいな形でやってみる?」と言われ、「じゃあ、やってみます」という感覚で足を踏み入れた美容の世界。背中を押したのは、松浦氏の「美容の仕事って、2年目の人が10年目の人に勝つこともあるんだよ」という言葉だった。キャリアの長さだけでは決まらない実力主義の世界に面白さを感じたと同時に、当時24歳という年齢は今でいう30歳くらいの感覚であり、親からは「まだそんなことをやっているのか」と言われ、周囲がどんどん就職していく中で、どう生きていけばいいのかを模索していた時期だったことも、すんなりと決断できた理由のひとつだったようだ。公式サイトのスタイリストプロフィールによれば、1996年3月にTwiggyでアシスタントとして美容に携わり始め、同年4月から山野美容専門学校夜間部に通いながら美容師免許を取得したという経緯が記されている。

店舗名
KLAUS(クラウス)
所在地
東京都渋谷区鉢山町7-28
アクセス
東急東横線「代官山駅」から徒歩約15分/各線「渋谷駅」から徒歩約15〜20分/東急トランセ「代官山循環線」利用可(看板は掲げていない)
開業・展開の変遷
1996年3月、小林英幸氏がTWIGGY.(松浦美穂氏主宰)でアシスタントとして美容の道へ/同年、山野美容専門学校夜間部に通学し美容師免許取得/Twiggyに約10〜11年間勤務(資料により表記に差異)/2007年、30歳で独立し代官山に「KLAUS」を開業/同年、ジョンマスターオーガニック日本1号取扱サロンとなる/2016〜2017年、化粧品製造販売会社「(株)Amikole japan」設立、自社オーガニックブランド「Amikole」展開開始/2026年4月、1階部分を独立美容師向けシェアサロン「suu代官山」へリニューアル(美容師生活30周年・KLAUS開業20年目の節目)
店主
小林英幸(こばやし・ひでゆき)氏/新潟県出身/山野美容専門学校卒/KLAUS オーナースタイリスト/(株)Amikole japan 代表
業態
美容室(カット・カラー・パーマ等)+オーガニックコスメの開発・製造・販売+音楽制作・ヘアメイク出張サービス
コンセプト
「we love music」を掲げ、音楽をテーマにした空間づくりと接客を実践。独自のカット理論「重力に逆らうのがカット」に基づくレイヤースタイルを得意とする。
営業時間
平日11:00〜20:00/土日祝11:00〜19:00/定休日:毎週火曜・第3月曜・第1日曜
電話番号
03-3770-0702
SNS・公式サイト
Instagram(@klaus_daikanyama)/公式ブログ(salonklaus.exblog.jp)/公式サイト(klausrecords.com)/Amikole公式サイト(amikole.com)

月給9万円から一気に50万円へ。雑誌掲載が生んだ成功と、その裏で膨らんでいった「調子に乗り」

美容の世界に入った当初、小林氏はヘアメイクよりもカットに強く惹かれていったという。海外ではヘアとメイクが完全に分業されていると知り、「片手間でメイクは極められない」と感じたこと、そして何より自分自身が完全にカットにハマっていたことが理由だった。最初はお金を取らずに友人をカットするだけだったが、それでも紹介が増えていき、美容専門学校を卒業して2〜3年が経つころには完全にカット中心の仕事にシフトしていた。師である松浦氏の「カットは彫刻」という考え方を体現するように、研磨していくようなカットを実践し、担当する人がコンプレックスだと捉えている部分をあえて活かし、魅力的に見せることを常に意識していたという。ミュージシャンを担当することが多かった経験から、「その人の人生を背負うくらいの気持ちで髪型を提案していた」と小林氏は振り返っている。

そんな小林氏に大きな転機が訪れたのは、雑誌の4分の1ページに自身のスタイルが掲載されたことだった。この掲載が大きな反響を呼び、予約の電話がひっきりなしにかかってくるようになり、一人では担当しきれないほどの人気を獲得する。付き人として入ったときの月給9万円が、一気に50万円ほどにまで跳ね上がったという、劇的な変化だった。しかし小林氏はこの経験を「完全にいい転機だったとはいえない」と率直に振り返る。乗る車も人付き合いもすっかり変わり、当時ちょうど流行していた人気美容師を主人公にしたテレビドラマの影響もあって、美容師という職業自体が脚光を浴びていた時代背景も重なり、「勘違いをしてしまっていた」と自己分析している。その一方で、この時期に「自分の経験を若い世代に伝えたい」「自分の場所を持ちたい」という独立への野心が芽生えていったことも事実だった。そして独立を決意した際、一番お世話になった松浦氏に対して、すべて決まってから報告するという不義理な辞め方をしてしまい、そのことが小林氏の心に長く引っかかり続けていたという。この一件は、モアリジョブのインタビューで「19年ぶりに再会し、和解できた」というエピソードとともに率直に語られている。

21歳から続く自律神経失調症、32歳での離婚――成功の裏側にあった見えない苦しみ

順調に見えたキャリアの裏側で、小林氏は実は21歳のころから自律神経失調症と向き合い続けていた。電車や飛行機、人混みの中でパニック症状が出ることも多かったという事実は、モアリジョブのインタビュー後編で本人の口から明かされている。美容師として成功を掴み、徐々に自信を取り戻していた最中でもあったが、そんな不安定な自分を支えていたのは当時の妻や周囲の人たちだった。それにもかかわらず、成功して環境が変わり、自分自身も変わってしまったことが、32歳のときの離婚につながったと小林氏は率直に振り返っている。

「離婚後は、自分を見つめ直したんです。改めてこれまで支えてくれた方の存在を思い返し、感謝を胸にしました。車も売り、仕事も生活に対する態度も改めようと考えたんです。そのとき、自分の美容の軸となったのが『KLAUS』を『ホリスティックビューティー(包括的な美)』を体現できる、オーガニックサロンとしてリスタートさせることでした。」

――小林英幸氏(モアリジョブ インタビュー後編より)

この転機は、単なる精神的な立て直しにとどまらず、KLAUSという店の経営方針そのものを大きく方向づけるものになった。松浦氏が日本のオーガニック美容のパイオニア的存在であり、クリエイションの現場でオーガニック製品が使われる様子を間近で見てきた経験から、小林氏はオーガニック商品に「髪をきれいにするだけでなく、心を整える役割」を感じ取っていた。独立当初は契約上の理由から松浦氏が使っていたオーガニック製品を導入できなかったが、2007年に友人の紹介でジョンマスターオーガニックと出会い、日本第1号の取扱サロンとして導入を開始する。渋谷のラジオの出演書き起こしによれば、ニューヨーク・ソーホーのジョンマスターオーガニックのサロンと代官山のKLAUSを行き来しながらサロンワークを行っていたといい、この経験が後の独自ブランド展開の土台となっていった。

「重力に逆らうのがカット」――感性から理論へ、ニューヨークで磨いた独自のカット哲学

独立前は感性だけを頼りにカットをしていた小林氏だが、独立後には「理論が必要だ」という気づきに至る。感性だけに頼ると、客によって施術時間が10分で終わる人もいれば1時間かかる人もいるというばらつきが生じ、「それはプロの仕事ではない」と考えたためだ。この理論を確立する上で大きな役割を果たしたのが、ニューヨークのジョンマスターオーガニックのサロンで年に4回ほどカットをさせてもらっていた経験だった。KLAUSがジョンマスターオーガニックの日本1号店だったことから生まれたこのつながりにより、現地のサロンで自由にカットができる環境を得た小林氏は、ニューヨークの乾燥した気候とドライカット文化の中で、日本と同じ切り方では髪が軽くなりすぎてしまうことに気づく。そこから「髪と重力の関係」を強く意識するようになり、髪の量や質、それが受ける重力の影響によって切り方を変え、そのプラスマイナスをゼロにしていくという「重力に逆らうのがカット」という独自理論を確立した。あわせて人間の顔の骨格に対する法則性も見出していき、この理論確立によってカットのスピードが向上しただけでなく、後にスタッフを教育する際にも大いに役立ったという。

「私が美容師として生きて来れたのはカットの技術です。」小林氏が2022年、公式ブログでスタッフ募集の呼びかけとともに綴ったこの言葉には、感性と理論を統合させてきた自身の歩みへの自負がにじむ。同じ投稿の中で小林氏は「私は都内1店舗で11年勤めさせて頂き独立しました。その11年勤めた店でカットは一度も教わってません、基礎も何もかも習ってません、見て覚え自己流です」と、修行時代を率直に振り返っている。「一番不器用で毎日叱られ、3歩あるくと忘れると年下の先輩に嫌味を言われてました」という経験を経て、「年齢的にも美容師を遅く始めた私は後戻りは出来ないと肝に銘じ」た日々の積み重ねが、現在のKLAUSの技術力の土台になっている。

技術面での探究と並行して、小林氏は美容の仕事そのものが自分自身を支えてくれる存在であったことにも気づいていく。「嫌なことがあったり、自分がブレそうになったりしたときでも、お客様の髪に触れている時間だけは余計なことを考えずに集中できた」と振り返る小林氏にとって、指名してくれる客の存在は「自分のファン」であり、「自分が作ったものに対して、誰かが心を動かしてくれたということ」だという。「評価は自分が生きてきた記録のようなもの」という言葉には、大した学歴もなく、自分に自信があるタイプでもなかったという小林氏が、美容という仕事を通じて自己肯定感を積み上げてきた軌跡が凝縮されている。

音楽と美容の交差点――「we love music」を体現する空間と、オーガニックコスメブランド「Amikole」への展開

KLAUSという店名を語る上で欠かせないのが、「we love music」というコンセプトだ。公式サイトのイントロダクションには「アートが溢れる空間に、風の音、歩く音、ハサミの音、すべてが意味のある音として流れています。東京とニューヨークで磨いた感性と技術で、理想を現実に掘り起こし、コンプレックスを個性に変換していきます」という一文が掲げられている。小林氏は美容師として店に立つ傍ら、「DJ HIDE」としても音楽活動を継続しており、公式サイトには「KLAUSでは音楽制作の依頼を承っております」「fashion,art,movieのイメージに合う音創りを作曲からプログラミングまで行いオリジナルな楽曲制作が可能です」という案内もある。公式ブログでは、KLAUSの顧客である作曲家・音楽プロデューサーの松本俊明氏のピアノソロライブに足を運んだ様子や、20歳のときに観た東京ドーム公演から30年後に埼玉スーパーアリーナで再びガンズ・アンド・ローゼズを観たエピソードが綴られるなど、音楽への愛着は経営の枕詞ではなく、小林氏個人の生き方そのものに深く根ざしていることがうかがえる。

この音楽への情熱は、店の空間づくりだけでなく、事業の広がりにもつながっている。ジョンマスターオーガニックの日本1号取扱サロンとしての経験を土台に、小林氏は2016年から2017年にかけて化粧品製造販売会社「(株)Amikole japan」を設立した。ニューヨーク・イーストビレッジ発のオーガニックブランド「Amikole」は、合成香料を使わず100%エッセンシャルオイルで調香された、子どもから高齢者まで使えるオーガニックコスメを開発・製造・販売するブランドで、渋谷のラジオでの発言によれば、調香作業自体は代官山で行われ、マダガスカル産の精油を使用しているという。「今は代官山発『アミコレ』と言って過言ではなく、シャンプーコンディショナーは逆にニューヨークのイーストビレッジへ輸出しております」という小林氏自身の言葉は、代官山という小さな一店舗発の取り組みが、発祥の地であるニューヨークへ「逆輸出」されるまでに育ったことを物語っている。さらにAmikoleブランドの製品開発力は、渋谷のTRUNK(HOTEL)向けの客室用マッサージオイルやバーム、ベビー用品ブランド「MARL MARL」のベビーバーム、スタイリスト・ソニア パーク氏が手がける「ARTS&SCIENCE」の化粧水など、他社とのOEM開発案件にも広がっている。

正直に言うと気になった点:看板を出さない戦略のリスクと、開業年をめぐる情報の粒度

今回の調査で気になった点のひとつは、「看板を出さない」「駅から遠い」「集客サイトを使わない」という、一般的な店舗経営のセオリーとは真逆の戦略が、なぜここまで長期間にわたって成立しているのかという点だ。小林氏自身は公式ブログで「うちはホットペッパーなどは使った事はなく口コミで今迄やってきました。看板も出してません、駅からも遠くお客さんを歩かせてしまいます。大阪から髪を切る為だけに新幹線で来て下さるお客さんもいます」と誇らしげに語っており、「klausにはそこまでさせる技術とセンスがあると思っております」とその自負も示している。この戦略が機能している背景には、20年近く積み重ねてきた技術力への信頼と、雑誌掲載を契機にした一度目の急成長で得た知名度の蓄積があると考えられるが、新規顧客の獲得経路や、口コミが途切れた場合のリスクヘッジについては、公開情報の中に具体的な言及を見つけることができなかった。看板を出さない、駅から遠いという条件は、裏を返せば新規参入がしにくい「参入障壁」としても機能している可能性があり、この点は個人サロンの立地戦略を考える上で興味深い事例だと感じた。

もう一つ気になったのは、資料間での情報の粒度や表現の細かな違いだ。松浦氏のもとでの修行期間について、モアリジョブでは「10年間」、渋谷のラジオの書き起こしでは「11年間」と記載されており、いずれが正確かは公開情報だけでは判断できなかった。また、松浦氏に弟子入りした「24歳」という年齢と、公式サイトに記載された「1996年3月」という時期の関係については、小林氏の生年が公開情報の中に見当たらないため、正確な年齢の裏付けを取ることができなかった。いずれも記事の核心的な物語(バンドマンからの転身、成功と挫折、オーガニックサロンへの再生)を左右するものではないが、より正確な記事とするためには、本人への直接確認が望ましい点として付記しておきたい。

もっと広がりそうな3つの可能性

ここまでは、KLAUSが現在どのように運営され、どのような課題に向き合っているのかを見てきた。ここからは少し視点を変えて、店舗立地研究所として「この店には、まだこんな広がり方があるのではないか」と感じた提案を3つ挙げてみたい。これはあくまで公開情報とエリア特性から店舗立地研究所が独自に考察したものであり、KLAUSが実際にこうした計画を持っているかどうかを示すものではない。

1.「音楽と美容」の物語を、来店前・来店後にも届ける

DJ HIDEとしての音楽活動、KLAUSでの楽曲制作サービス、そして顧客である音楽プロデューサーとの交流エピソードなど、この店にしかない「音楽との結びつき」の物語は、現状では公式ブログの散発的な投稿にとどまっている。小林氏が手がけた楽曲や、店内で流れる選曲リストなどを整理して発信すれば、「we love music」というコンセプトが来店前の期待感と来店後の余韻の両方を強化する資産になり得るのではないか。

2.「重力に逆らうカット理論」を、次世代育成の言語化された財産にする

ニューヨークでの経験から確立した独自のカット理論は、現状ではオーナー個人の技術・感覚の中に蓄積されているように見える。この理論を体系化してスタッフ教育プログラムとして明文化すれば、小林氏個人の技術への依存度を下げつつ、KLAUSというブランドの技術的な独自性を次の世代のスタイリストに継承していく土台になるのではないか。

3.Amikoleと「suu代官山」を接続し、独立美容師の支援エコシステムをつくる

小林氏はAmikoleというオーガニックコスメブランドの開発者であると同時に、2026年からはシェアサロン「suu代官山」の運営にも関わっている。自身が独立時に苦労した経験を踏まえ、suuに集う独立美容師たちにAmikole製品の導入や、小林氏自身が確立したカット理論の勉強会などを提供すれば、一店舗の枠を超えて、代官山という土地で独立美容師を支えるエコシステムの中心的な存在になっていく可能性があるのではないか。

渋谷区鉢山町・年収1,000万円以上世帯が約半数。高感度×高所得商圏の中の「隠れ家サロン」という立地戦略

KLAUSが立地する渋谷区鉢山町は、いわゆる「代官山エリア」の一角を担う高級住宅街だ。ギニア共和国大使館やウガンダ共和国大使館が置かれているほか、老舗フレンチレストラン「マダム・トキ」のような名店も点在するこのエリアは、繁華街である渋谷の近くにありながら都会の喧騒を感じさせない閑静さが特徴とされ、犯罪発生件数も渋谷区全体と比較して極めて少ない、治安の良いエリアとして知られている。地元不動産メディアの解説によれば、鉢山町は東急東横線・代官山駅と各線・渋谷駅の中間に位置し、いずれの駅からも徒歩10分以上かかるため、電車移動だけを考えると必ずしも便利とはいえない立地だという。この「駅からやや距離がある」という鉢山町の地理的特性は、KLAUSが看板を出さず、あえて駅から遠い立地で営業を続けているという経営戦略と、期せずして整合的な関係にあるといえる。

店舗立地研究所が別途まとめた代官山駅商圏(半径1,000m圏)のデータによれば、この商圏の夜間人口は約5万人、昼間人口は約13.7万人(昼夜比2.71)に達し、年収700万円以上の世帯比率は38.2%、年収1,000万円以上の世帯にいたっては約49.0%と、実に約半数の世帯が年収1,000万円以上という日本有数の高所得密集エリアである。また、この商圏の総世帯のうち63.0%が単身世帯であり、全国平均(38.0%)の約1.7倍に達する都市型の単身世帯集積地でもある。こうした「高所得×単身世帯多数」という商圏特性は、客単価を高く設定しながら、口コミという緩やかなつながりだけで顧客を維持していくKLAUSのような美容室にとって、決して不利な環境ではない。むしろ、外資系企業勤務者やクリエイター、経営者層といった、良質な情報を自ら探し当てて足を運ぶ層が厚く存在する商圏であるからこそ、看板やマス的な集客手段に頼らない「隠れ家サロン」としての立ち位置が成立しやすい土壌があると考えられる。

代官山(鉢山町)商圏の特性 公開値・公開情報 「KLAUS」への読み替え
駅からのアクセス 代官山駅・渋谷駅いずれも徒歩10〜15分以上(shibuyasenmon.com) 看板を出さず、駅から遠い立地であえて営業するというKLAUSの戦略と、鉢山町自体の地理的特性が合致しています。
年収1,000万円以上世帯比率 約49.0%(代官山駅商圏1km圏、店舗立地研究所調べ) 高価格帯のカット・カラーメニューや、独自ブランドのオーガニックコスメを購入できる可処分所得の厚い顧客層が存在します。
単身世帯比率 63.0%(同商圏、全国平均の約1.7倍) 自分の時間と好みに投資する単身の高所得層は、口コミや個人の技術力を重視して美容室を選ぶ傾向と親和性が高いと考えられます。
治安・street環境 令和2年の犯罪発生件数5件(渋谷区全体3,471件、shibuyasenmon.com) 閑静な住宅街という立地は、隠れ家的なプライベートサロンとしてのブランドイメージを補強しています。
地域の商業集積 代官山T-SITE・ログロード代官山等、目的地型商業施設が集積(店舗立地研究所調べ) KLAUSの主要顧客はこうした施設への来街者ではなく、口コミで直接来店する既存顧客・紹介客が中心と見られ、商圏内の一般的な集客動線とは異なる独自の顧客基盤を築いています。

※代官山駅商圏のデータは、店舗立地研究所が別途作成した「代官山駅に出店するなら|商圏分析・立地・店舗物件選びの完全ガイド」の分析値を基に引用・整理したものです。統計値は商圏全体の傾向を示すものであって、KLAUS単体の来店客数や顧客属性そのものを表すものではありません。

店舗立地研究所が「気になる」と感じた3つのポイント

1.「感性」を「理論」に変換したプロセスの誠実さ

感性だけに頼っていたカットを、ニューヨークでの経験を通じて「重力に逆らうのがカット」という体系立った理論に昇華させたプロセスは、独学で技術を積み上げてきた美容師のひとつの理想形を示しています。

2.挫折を隠さず語る姿勢

自律神経失調症、離婚、師への不義理な独立という、通常は語られにくい個人的な挫折を率直にインタビューで語っている点は、この店のブランドストーリーに厚みと信頼性を与えています。

3.一店舗の枠を超えた事業展開への挑戦

オーガニックコスメブランド「Amikole」の展開、大手ブランドとのOEM開発、そして2026年のシェアサロン化まで、美容室という枠に収まらない事業拡張への意欲は、地域に根づいた個人商店の持続可能性を考える上で示唆に富んでいます。

店舗経営の視点:小規模サロンの事業転換と、渋谷区の創業・空き店舗支援制度

KLAUSが2026年4月に実施した「1階部分をシェアサロン化する」という決断は、既存の美容室が自らのスペースを再編集し、独立志向の美容師に貸し出すという、近年広がりつつある業態転換のひとつの形として捉えることができる。以下は、KLAUSの運営者が現在こうした制度を実際に利用している、または利用を必要としていると確認したものではない。あくまで、同様の形で店舗の一部業態転換や、新規開業・第二創業を検討する個人事業者・中小企業者が、今後の判断において一般的に参考となり得る渋谷区の制度を、参考情報として整理したものである。

創業・第二創業に関わる支援制度(渋谷区)

渋谷区は、区内で創業を予定している方や創業後5年未満の方を対象に「特定創業支援等事業」を実施している。創業セミナー等を受講し、経営・財務・人材育成・販路開拓の知識を習得することで、法人設立時の登録免許税軽減など複数の優遇措置を受けるための証明書が発行される仕組みだ。既存事業の業態転換やシェアサロンのような新たな事業形態への展開であっても、区内での事業計画が具体的であれば対象となり得る制度であり、小規模サロンの多角化・第二創業を検討する事業者にとって参考になり得る制度のひとつだ。

店舗開業・空き店舗活用に関わる支援策(渋谷区)

渋谷区は、区内で新たに店舗を開業し、商店街や地域と積極的に関わりを持ちながら地域連携を検討している個人・事業者を対象に、開業に要する経費の一部を補助する「店舗開業支援補助金(渋谷Local Street Project)」を実施しており、最大250万円の補助が受けられる制度として案内されている。また、渋谷区は商店会が実施するイベント事業や活性化事業を支援する「商店街活性化事業助成金」も用意している。鉢山町のような商店街区域から外れた住宅街に立地する店舗が直接対象となるかどうかは個別の確認が必要だが、こうした地域連携型の補助制度は、渋谷区内で店舗の新規展開や増床を検討する事業者にとって、選択肢のひとつとして押さえておく価値がある。

販路開拓・小規模事業者向けの補助金(東京商工会議所渋谷支部)

渋谷区内で事業を営む小規模事業者を対象に、東京商工会議所渋谷支部が窓口となる「小規模事業者持続化補助金」がある。ECサイトの機能強化、オーガニックコスメのオンライン販売基盤の拡充、店舗の設備改善といった販路開拓に関わる経費は、事業計画や公募要件に合致すれば、この補助金の検討対象になり得る場合がある。申請にあたっては、商工会議所から発行される「事業支援計画書(様式4)」の取得が必要であり、公募期間・補助対象経費を事前に確認しておくことが重要だ。

補助金・支援制度は、採択や交付決定が約束されるものではなく、申請前に契約・発注・支払いを行うと対象外になる制度もある。まず店舗の課題と必要な投資を整理し、その後に対象制度、公募期間、補助対象経費、申請窓口を確認する順番が重要だ。

【街の店舗分析まとめ】

「KLAUS」は、音楽の道を志したひとりの青年が、偶然の出会いから美容の世界に飛び込み、成功の絶頂と個人的な挫折の両方を経験しながら、20年近くにわたって自分自身の商いのかたちを模索し続けてきた稀有な事例だ。看板を出さず、駅から遠い立地であえて営業を続けるという一見リスクの高い戦略が成立している背景には、雑誌掲載を契機にした一度目の急成長で培った技術力への評価と、口コミという地道な信頼の積み重ねがある。21歳からの自律神経失調症、32歳での離婚という語られにくい挫折を隠さず語る姿勢、そして「ホリスティックビューティー」という軸を見出してオーガニックサロンへと自らを再生させたプロセスは、単なる技術者としての美容師像を超えた、この店ならではの人間的な深みを与えている。ニューヨークでの経験から生まれた「重力に逆らうのがカット」という独自理論、そして音楽への愛から発展したオーガニックコスメブランド「Amikole」の展開、さらに2026年のシェアサロン「suu代官山」への挑戦まで、変化を恐れずに商いのかたちを更新し続ける小林氏の姿勢からは、「we love music」というコンセプトに込められた、音楽と美容を分け隔てなく愛する一貫した哲学が浮かび上がってくる。

この記事は公開情報を基にした分析であり、小林様から直接お話を伺えたわけではありません。松浦美穂氏のもとでの修行期間をめぐる資料間の記載の相違、独立を決意した具体的なきっかけの詳細、離婚や自律神経失調症を乗り越えていった心境の変化のプロセス、そして2026年のシェアサロン化に至った経緯や今後の展望など、公開情報だけでは分からないことが数多くあります。もし取材の機会をいただけましたら、小林さんが音楽への情熱を美容という仕事の中でどのように育て続けてきたのか、そしてこれから代官山という土地でどのような形の商いを描いていこうとしているのかについて、より深く、正確な記事としてお届けできればと思っております。また、本記事の内容に事実と異なる点がございましたら、下記のお問い合わせ先までご連絡いただけますと幸いです。

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出典・確認資料

執筆・分析:太田 満/編集:店舗立地研究所編集部

本記事は店舗の優劣や経営状態を格付けするものではありません。公開情報を用いて、地域店舗の魅力と立地・店舗経営上の可能性を独自に考察したものです。売上、利益、実際の顧客構成等を推定・保証するものではありません。営業時間・料金・スタッフ在籍状況・イベント内容は変更されることがあるため、ご来店・お申し込み前に必ず公式サイト・SNSでの最新情報をご確認ください。

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この記事を書いた人

太田 満のアバター 太田 満 店舗立地研究所及び合同会社ビジネスデザインラボラトリーズ代表

合同会社ビジネスデザインラボラトリーズ 代表社員
店舗立地研究所 代表

株式会社みずほ銀行にて16年間、数百社の中小企業オーナー・個人事業主の渉外・融資審査・経営相談業務に従事。
2021年独立後は創業支援・店舗出店支援を多数手がける現役コンサルティング会社代表。

専門は店舗事業の商圏(エリア)分析。2,000以上のエリア分析を実施し、「負けない店舗経営」「失敗しないフランチャイズ選び」を支援中。

資格:中小企業診断士・宅地建物取引士・フランチャイズオーガナイザーのほか、賃貸不動産経営管理士・管理業務主任者・不動産証券化マスター・M&Aシニアエキスパートなどの資格も保有。

第19回(2026年4月30日締切)小規模事業者持続化補助金の申請者に対して、KLA(KDDI Location Analyzer)を用いた自社商圏分析サポートを実施。

その他、税理士事務所様などと共催の補助金セミナーなども行っており、店舗立地や補助金などのセミナー依頼も、公式LINEからお気軽にお問い合わせくださいませ。

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