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「売れば売るほど赤字」でも、なぜこの店は52年続いたのか――二代目の娘が”いいところ20個”を集めて建て直した、横浜・鶴見区駒岡「重寿司」を追う


街の店舗分析|家業の継承と個人商店の再発明を考える編

「売れば売るほど赤字」でも、なぜこの店は52年続いたのか――二代目の娘が「いいところ20個」を集めて建て直した、横浜・鶴見区駒岡「重寿司」を追う

横浜市鶴見区駒岡。最寄り駅がなく、市営バスに乗って「駒岡八幡神社前」で降りるほかない、住宅街の一角に「重寿司(しげずし)」はある。生麦で貝を中心とした商店を営んでいた岩澤家の次男・則之さんが、知人の誘いを受けて修行中の25歳で開いた店は、今年で創業から52年を数える。管理栄養士として病院に勤め、スローフードを学ぶためにイタリアへ料理留学した娘・相澤亜香根さんは、帰国後に「女の幸せを考えろ」と父から継承を断られながらも、大好きな店を失いたくない一心で2017年に二代目となった。2013年には横浜市の丼グランプリ「ガチ丼!」で金賞を受賞するほどの人気店でありながら、日本テレビ「news every.特集」では「売れば売るほど赤字」という厳しい経営の実態と、父と娘の決断が取り上げられている。2024年、入居するビルの建て替えを機に、亜香根さんは同業店を1年かけて食べ歩き、「いいところを20個見つける」というテーマで新店舗づくりに挑んだ。人気と経営の厳しさという二面性、そして地域への「give and give」を貫く二代目の物語を、店舗立地研究所が徹底分析する。

横浜市鶴見区駒岡4-21-1(最寄り駅なし・バス便地域)
昭和48年(1973年)創業/創業52年
2013年「ガチ丼!」金賞受賞(天然本マグロの合わせ丼)
2024年2月 建て替えに伴う移転リニューアル
日テレ「news every.特集」で経営の厳しさを特集
二代目 相澤亜香根氏(管理栄養士・イタリア料理留学経験)

「街の店舗分析」とは

店舗立地研究所が、神奈川・東京・千葉・大阪の主要圏で気になるお店を独自に取り上げ、その店舗ならではの魅力や工夫を深掘りするとともに、商圏特性、店舗立地、顧客層、利用動機などの観点から分析するシリーズです。単なる店舗紹介や格付けではなく、実在するお店を通じて「なぜこの場所で、この業態が支持されるのか」を考えます。

今回取り上げる「重寿司」は、横浜市鶴見区駒岡という、最寄り駅を持たない住宅街の中に店を構える寿司店です。選定の理由は明確です。地域の丼グランプリで金賞を受賞するほどの人気を誇りながら、テレビの特集では「売れば売るほど赤字」という厳しい経営実態が伝えられるという、地域からの支持と経営の持続可能性という二つの側面が同時に存在する稀有な事例だからです。加えて、ビルの建て替えという外的な事情による移転を、単なる「やむを得ない引っ越し」で終わらせず、同業他店を1年かけて食べ歩き「いいところ20個」を集めるという前向きな取り組みに変えた二代目の姿勢にも注目しました。本記事は、複数のインタビュー記事、地域メディア、テレビ番組情報、SNS等の公開情報を基に、この店の独自性を掘り下げていきます。

先に結論:「重寿司」は、地域からの厚い支持と、個人商店ゆえの経営の厳しさという二つの現実を同時に抱えながら、二代目の娘が「地域への恩返し」を軸に52年目の営業を続けている店です。創業者・岩澤則之さんは、生麦で貝を中心とした商店を営む岩澤家の次男として、知人の誘いなどを受け、修行中だった25歳のときに重寿司を開業した。店名の「重」は則之さんの父・重行さんの名前を冠したもので、「『則寿司』だとのり巻きしか出ないみたいでしょ」というユーモラスな理由で名付けられたという。娘の相澤亜香根さんは、管理栄養士として総合病院に勤めた後、スローフードを学ぶためにイタリアへ料理留学し、帰国後に家業を継ぐと申し出るも当初は父から「女の幸せを考えろ」と断られる。それでも「大切な場所を失いたくない」という思いから2017年に社長となり、2代目として店を切り盛りするようになった。2013年には横浜市商店街総連合会主催の丼グランプリ「ガチ丼!」で天然本マグロの合わせ丼が金賞を受賞するなど、地域での知名度は高い一方、日本テレビ「news every.特集」では「売れば売るほど赤字!?」というタイトルで、人気店でありながら儲からないという町の寿司店の厳しい現実と、新たな命を授かり母になろうとしていた二代目が父に相談を持ちかける場面が取り上げられた。2024年2月、入居していたビルの建て替えを理由に旧店舗を閉め、道を挟んだ隣のビルへ移転リニューアルオープン。この移転にあたり、亜香根さんは1年かけて同業店を食べ歩き、「いいところを20個見つける」というテーマで見学を重ね、ヒノキのカウンターやネタ箱、手荷物を収納できる棚、家族連れ向けのテーブル席など、新店舗づくりに反映させた。恵方巻教室や地区センターでの料理教室、地元農家とのコラボレシピ紹介など、店の利益に直結しない地域活動を15年以上続けてきた姿勢からは、「食を通して笑顔を広げる」という一貫した経営哲学が浮かび上がる。

生麦の貝屋の次男が25歳で開いた店――「則寿司」ではなく「重寿司」と名付けた理由

重寿司の物語は、横浜・生麦の魚河岸で貝を中心とした商店を営んでいた岩澤家から始まる。この家の次男として生まれた則之さんは、知人の誘いなどを受け、修行中だった25歳のときに独立を決意し、昭和48年(1973年)、鶴見区駒岡に自分の店を開いた。店名の「重(しげ)」の文字は、則之さんの父、つまり亜香根さんにとっては祖父にあたる重行さんの名前を冠したものだ。これ通信の取材に対し則之さんは、「『則寿司』だと、のり巻きしか出ないみたいでしょ」と、名付けの理由をユーモラスに振り返っている。生麦の魚河岸の血を引く一家が、住宅街の中でゼロから寿司店を立ち上げるという船出は、決して恵まれた立地条件から始まったわけではなかった。重寿司が構える鶴見区駒岡は、最寄り駅というものが存在せず、新綱島駅や鶴見駅、川崎駅などからバスに乗り、「駒岡八幡神社前」で下車してようやくたどり着くという、純然たる住宅街の中にある。駅前立地や商店街の一等地とは異なる、この地味な立地条件の中で50年以上にわたって商売を続けてきたこと自体が、この店の物語の土台になっている。

娘の亜香根さんが店を意識し始めたのは、小学3年生の父の日だったという。タウンニュースの取材によれば、「しっかりと手伝いをしたい」という思いから店に立つようになり、「地域の人やお客さんに育てられた」と語るほど、店の存在は生活の一部となっていた。料理専門学校を卒業した後、病院に勤務していたという経歴は、飲食人大学のインタビューで語られた栄養士養成専門学校卒業(2003年3月)、総合病院での管理栄養士としての勤務(2003年4月〜)という経歴と符合する。しかし、病院勤務が徐々に辛くなっていく中で、全く異なる分野ではあるものの、以前から興味を持っていたイタリア料理を学びたいという思いが強まっていった。実家の寿司屋で働く前に、イタリアで食文化やスローフードについて学ぼうと決意した亜香根さんは、短期間に分けて何度かイタリアへ留学し、2007年9月に料理学校を卒業。帰国後の同年10月から、有限会社重寿司での勤務を開始している。この留学経験を通じて、土地のものを大切にする気持ち、土地を愛する気持ちが食文化の根底にあると気づき、食文化を通してその国の歴史や背景を知ることが、平和の大切さを思うきっかけにもなったと、亜香根さんはJIMOTTOのインタビューで振り返っている。

家業を継ぐという決断は、しかし一筋縄ではいかなかった。タウンニュースの記事によれば、帰国後に父の跡を継ぐと決意した亜香根さんに対し、則之さんは「女の幸せを考えろ」と強く反対したという。それでも「大好きな店を失いたくなかった」という思いから、亜香根さんは腹をくくって2代目となる道を選んだ。JIMOTTOのインタビューでは、この継承の経緯についてさらに具体的なエピソードが語られている。父・則之さんが60歳を目前にした頃、「4年後に店を締める」と言い出したことが直接のきっかけとなり、大好きな店を失いたくない一心で「私と一緒に続けてほしい」と両親を説得。「お客さんに育ててもらった」という思いから、その恩返しをするためにも店を失いたくなかったと振り返っている。こうした経緯を経て、亜香根さんは2017年に社長となった。ただし、2013年に掲載されたタウンニュースの記事では、この時点ですでに「自身が2代目を務める重寿司」という表現が使われており、対外的に2代目として活動を始めた時期と、正式に社長(代表取締役)に就任した時期には、ある程度のずれがあった可能性がうかがえる。

店舗名
重寿司(しげずし)/運営:有限会社重寿司
所在地
神奈川県横浜市鶴見区駒岡4-21-1 近藤ビル1F(〒230-0071)
アクセス
最寄り駅なし。市営バス13系統・臨港バス51系統で「駒岡八幡神社前」下車すぐ/新綱島駅から約15分、鶴見駅・川崎駅から約20分(いずれもバス便)
開業・展開の変遷
生麦で貝中心の商店を営む岩澤家の次男・則之さんが、修行中の25歳のとき、昭和48年(1973年)に鶶見区駒岡で開業→娘・亜香根さん、管理栄養士(2003年)を経てイタリア料理留学(2007年9月卒業)→同年10月、有限会社重寿司で勤務開始→2013年、横浜市「ガチ丼!」で金賞受賞(この時点で対外的にはすでに「2代目」と紹介)→2017年、亜香根さんが正式に社長就任(JIMOTTO記事)→2020年頃、入居ビルの立ち退きを通告される→2023年9月、飲食人大学(東京校)寿司マイスター専科で修業→2024年1月5日、旧店舗(駒岡4-20-24)を閉店→同年2月11日、近藤ビル1Fへ移転リニューアルオープン
代表
相澤亜香根(あいざわ・あかね)氏/二代目・代表取締役/創業者は父・岩澤則之氏
業態
江戸前寿司・町の寿司店(寿司・刺身・うなぎ・オリジナル料理/出前対応あり)
座席数
全21〜22席(カウンター7席、テーブル4名掛け×2卓・2名掛け×3卓/資料により表記に差異あり)
営業時間
昼12:00〜14:30/夜17:00〜22:00(資料により23:00までとする記載もあり)/日曜・祝日は予約制で通し営業の場合あり
定休日
水曜日(臨時休業あり、祝日は営業)
電話番号
045-573-3605
公式サイト・SNS
公式ブログ(shigesushi.hama1.jp)/Instagram(@shige.sushi)/X(@shige_sushi)/Facebook(重寿司)/食べログ

「売れば売るほど赤字!?」――人気なのに儲からない町の寿司店、テレビが伝えた父と娘の決断

重寿司という店の物語を語る上で欠かせないのが、日本テレビ「news every.特集」で取り上げられた「【売れば売るほど赤字!?】人気なのに儲からない…町の寿司店 父と娘の決断『人情食堂』」という回だ。動画の紹介文には次のように記されている。「横浜の住宅街で長年愛されてきた寿司店。実直な店主と、その後を継いだ二代目。人気がありながら、店は“赤字”という厳しい現実に直面していました。東京・横浜市にある『重寿司』は、店主のサービスの良さが評判ですが、二代目の娘にはある心配が。『この店、続けていけるのかな…』そして、新たな命を授かり、母になる二代目は、父にある……」。この特集の正式な放送日を確認できる一次資料には至っていないが、重寿司の公式ブログでは2026年6月時点の投稿で「11年前のニュースevery特集」という見出しが使われており、これが事実であれば2015年前後の放送であったと推測される。

「横浜の住宅街で長年愛されてきた寿司店。実直な店主と、その後を継いだ二代目。人気がありながら、店は”赤字”という厳しい現実に直面していました。(中略)二代目の娘にはある心配が。『この店、続けていけるのかな…』」

――日本テレビ「news every.特集」動画紹介文より

この特集が示唆しているのは、地域からの人気と、個人経営の飲食店が抱える経営の厳しさが、必ずしも比例しないという現実だ。良い食材を使い、丁寧な接客をすればするほどコストがかさみ、利益が圧迫されるという「売れば売るほど赤字」という逆説的な状況は、多くの個人経営の飲食店に共通する構造的な課題でもある。重寿司の場合、生麦魚河岸からの仕入れを一貫して続けているとされ、2013年のガチ丼で金賞を受賞した天然本マグロの合わせ丼をはじめ、質の高いネタを提供し続けてきたことが、逆に利益率を圧迫する要因になっていた可能性は十分に考えられる。特集のタイトルにある「新たな命を授かり、母になる二代目」という表現からは、亜香根さんが自身の家庭を持ちながら、経営という現実的な課題と、店を継続させたいという思いの間で葛藤していた様子がうかがえる。父・則之さんとの「決断」がどのようなものであったのか、公開されている紹介文だけでは詳細を知ることはできないが、少なくともこの特集を経てもなお、重寿司は10年以上にわたって営業を継続し、2024年には移転リニューアルという新たな一歩を踏み出している。

ライバル店を1年かけて食べ歩き、「いいところ20個」を集めた移転リニューアル

2024年2月11日、重寿司は道を挟んだ隣のビルへと移転し、リニューアルオープンを果たした。これ通信の取材によれば、前年の2023年に創業50周年を迎えた重寿司だったが、入居していたビルの建て替えを理由に、2024年1月5日に一度旧店舗を閉店。移転先はもともとスナックだった物件で、重寿司が移転先を探している中で、大家から「駒岡でやって欲しいから、ほかに良いところがなかったらここでやってくれ」という進言があったという。50年という地元とのつながりがあったからこそ生まれた、この地域ならではの巡り合わせだったといえる。

この移転にあたり、亜香根さんが取った行動は特筆に値する。移転が決まってからのおよそ1年間、同業者の店舗を自ら食べ歩き、「いいところを20個見つける」というテーマを掲げて見学を重ねたのだ。「区内のお店はもちろん、都内など、みんなライバルなのに裏側までしっかり見せてくれて、本当に有り難かった」と、これ通信の取材に亜香根さんは語っている。新店舗では「自分が行って楽しい店」をコンセプトに、こうして集めた”いいところ”を随所に生かしたという。店内中央には一本のヒノキから製作されたカウンターを設置し、仕入れたばかりの魚介類はガラスのショーケースではなく、同じくヒノキのネタ箱に並べることで、江戸前の風情と店内の統一感を演出した。カウンター下には手荷物をしまえる棚を新設し、旧店舗にはなかったテーブル席も導入。「家族みんなで訪れるお客様を想像した」という亜香根さんの言葉通り、カウンターを見渡せる座席配置により、大人数でも気兼ねなく利用できる空間づくりが図られている。

「自分が行って楽しい店」というコンセプトのもとに集められた”いいところ20個”は、単なる内装のリニューアルではなく、競合店を敵ではなく学びの対象として捉えるという、亜香根さんの商売人としての姿勢を象徴している。仕入れ先や寿司ネタ、メニュー構成は移転後も変えず、生麦魚河岸からの仕入れ、そして2013年に金賞を受賞した天然本マグロの合わせ丼という看板メニューを守りながら、店舗のハード面だけを大胆に刷新するという判断は、常連客との関係を断ち切らずに新しい魅力を付け加えるという、堅実な経営判断だったと見ることができる。

恵方巻教室、地区センターでの料理教室――利益に直結しない「食育」への投資

重寿司のもう一つの特徴は、店舗の営業とは別に、亜香根さんが個人として続けてきた地域活動の幅広さだ。JIMOTTOのインタビューによれば、最初に始めたのは恵方巻教室で、すでに15年ほど継続しているという。節分の日に子どもたちに集まってもらい、みんなで恵方巻を作るというこの取り組みについて、亜香根さんは「食育は一つのテーマですが、難しい話は一切なし」と笑いながら語る。できた恵方巻は家族で食べてもらい、「自分で作ったからか、苦手なものも食べていました」という声が後になって親から届くこともあるという。管理栄養士としての知見を活かしたこの活動は、単なる料理教室ではなく、子どもの成功体験や自信の形成にもつながる取り組みとして機能している。

これ以外にも、鶴見区各所の地区センターでの料理教室、「男の料理教室」と銘打った男性向けの企画、地元・駒岡の農家とコラボしたゴーヤレシピの紹介、鶴見区盛り上げ隊と鶴見区商店街連合会が主催する「鶴見まんぷく広場」への出店など、活動は多岐にわたる。まんぷく広場では天むすやキツネのお稲荷さんといったオリジナルメニューを用意し、来場者に楽しんでもらう工夫をしているという。こうした活動の多くはコロナ禍で一時中断を余儀なくされたが、それでも「教えてもらった料理、おうちごはんが増えているから助かっている」「ゴーヤが好きになりました」といった声をかけてもらえることが、亜香根さんにとって大きな励みになっていると語られている。今後の目標としては「子ども食堂」ではなく「子ども厨房」という構想を掲げ、子どもたちが晩ごはんを作って家に持ち帰るという企画を月1回からでも始めたいという展望も示されている。「私は生きている限り、人生は“give and take”ではなく“give and give”だと思っています」という亜香根さんの言葉は、この店の地域活動全体を貫く哲学を端的に表している。

正直に言うと気になった点:「人気」と「赤字」という矛盾、そして立地条件の厳しさ

今回の調査でまず気になったのは、「ガチ丼」金賞受賞という地域内での高い評価と、「news every.特集」で伝えられた「売れば売るほど赤字」という経営実態が、同じ店について語られているという事実そのものだ。良質な食材を使い、丁寧な接客を提供すればするほどコストがかさむという構造は、多くの町の飲食店に共通する課題ではあるが、重寿司の場合、最寄り駅を持たないバス便のみの立地であることも、集客面での制約になっている可能性がある。住宅街に根ざした店として長年愛されてきた一方で、新規客の獲得という点では、駅前立地の店舗と比較して不利な条件下にあることは否めない。この立地の厳しさと、良質な食材にこだわる経営姿勢が、テレビで取り上げられるほどの経営課題につながっていた可能性は十分に考えられるが、公開情報だけでは、移転リニューアル後の経営状況がどのように改善されたのか、あるいは改善されていないのかを判断する材料は見当たらなかった。

もう一つ気になったのは、地域活動への投資と、店舗経営そのものの持続可能性のバランスだ。恵方巻教室や地区センターでの料理教室、まんぷく広場への出店など、直接の売上にはつながらない活動に継続的に力を注ぐ姿勢は、この店の魅力そのものである一方、「売れば売るほど赤字」という経営環境の中でこうした活動を維持し続けることは、経営者個人にとって相応の負担になっているとも推測される。亜香根さんが今後の目標として掲げる「創業75周年」や「子ども厨房」構想の実現には、地域からの支持と経営の安定という、時に相反する二つの要素をどう両立させていくかが、引き続き重要な課題になっていくと考えられる。

もっと広がりそうな3つの可能性

ここまでは、重寿司が現在どのように運営され、どのような課題に向き合っているのかを見てきた。ここからは少し視点を変えて、店舗立地研究所として「この店には、まだこんな広がり方があるのではないか」と感じた提案を3つ挙げてみたい。これはあくまで公開情報とエリア特性から店舗立地研究所が独自に考察したものであり、重寿司が実際にこうした計画を持っているかどうかを示すものではない。

1.「いいところ20個」のノウハウを、商店街全体の資産として共有する

移転にあたって同業店を1年かけて食べ歩き集めた”いいところ20個”は、現状では重寿司一店舗の店づくりに反映されるにとどまっている。このノウハウを整理し、駒岡商栄会や鶴見区商店街連合会といった地域の商店街組織で共有できる形にすれば、後継者不足に悩む他の個人商店にとっても参考になる、地域全体の財産になり得るのではないか。

2.恵方巻教室・料理教室の実施記録を、外部発信のコンテンツ化する

15年以上続く恵方巻教室や地区センターでの料理教室は、現状では参加者だけが体験できる、いわば「地域内で完結した」活動になっている。こうした活動の様子や参加者の声を、公式SNSやブログでより継続的に発信していけば、店の理念そのものが持つ発信力を高め、遠方からの新規客の来店動機にもつながる可能性がある。

3.「バス便立地」であることを逆手に取った、来店動機の再設計

最寄り駅がなく、バスでのアクセスが前提となる立地は、通りすがりの新規客を獲得しにくいという弱点である一方、「わざわざ訪れる価値がある店」であることを裏付ける材料にもなり得る。移転先の新店舗で実現した家族向けのテーブル席や貸切対応を軸に、「わざわざ来る理由」を明確に打ち出した情報発信を強化すれば、立地の弱点を強みに転換できる余地があるのではないか。

最寄り駅のない住宅街商圏。鶴見区駒岡という立地の中の「重寿司」

重寿司が立地する横浜市鶴見区駒岡は、鉄道駅から離れた純然たる住宅街エリアだ。食べログの情報によれば、最寄り駅として綱島駅、新綱島駅、鶴見駅、川崎駅、尻手駅、新横浜駅などが挙げられているが、いずれも「バスやタクシーなどをご利用ください」という案内が付されるほど、鉄道からのアクセスは良好とは言い難い。実際のアクセス手段としては、市営バス13系統(鶴見駅・新綱島駅・一の瀬方面)や臨港バス51系統(川崎駅・新綱島駅方面)を利用し、「駒岡八幡神社前」で下車するというのが基本的な動線になる。このような立地条件は、通りすがりの新規客を獲得することが極めて難しい一方で、地域住民との長期的な関係構築なしには成立し得ない商売のかたちを、店に強いてきたとも言える。

重寿司が所属する駒岡商栄会は、鶴見区商店街連合会に加盟する地域の商店会組織であり、地域情報サイト「www.komaoka.yokohama」も運営されている。鶴見区全体としては、横浜市の統計データによれば2040年頃まで人口増加が続くと見込まれる一方、高齢化率も一定の水準で推移していくと予測されており、こうした人口動態の変化は、住宅街に立地する個人商店にとって長期的な商圏環境の変化として無視できない要素になる。重寿司の主要な客層は、こうした地域に長年住み続けてきた住民や、家族連れが中心になっていると推測されるが、駅前立地とは異なるこの独自の商圏構造の中でどのように新規客を獲得していくかは、今後もこの店にとって重要なテーマであり続けると考えられる。

鶴見区駒岡エリアの立地特性 公開値・公開情報 「重寿司」への読み替え
鉄道アクセス 最寄り駅なし。綱島駅・新綱島駅・鶴見駅等からいずれもバス利用が前提(食べログ) 通りすがりの新規客獲得は難しく、地域住民との長期的な関係性が売上の基盤になっていると考えられます。
バス路線 市営バス13系統、臨港バス51系統が「駒岡八幡神社前」に停車 バス便での来店を前提とした立地であり、駐車場(3〜4台分)の確保も、来店手段の多様化という観点で重要な役割を担っています。
商店会組織 駒岡商栄会(鶴見区商店街連合会加盟) 地域商店会に加盟していることで、まんぷく広場等の連合イベントへの出店を通じた集客機会を得ていると見られます。
地域内評価 2013年「ガチ丼!」金賞受賞(横浜市商店街総連合会主催、76店舗参加) 横浜市全域からの参加店の中での金賞受賞は、駅前立地でなくとも実現し得る、味と評判による集客力の証左と言えます。
人口動態 鶴見区の人口は2040年頃まで増加予測、高齢化率も上昇見込み(横浜市統計) 住宅街型の商圏として、既存住民の高齢化と新規流入人口のバランスが、今後の客層構成に影響を与える可能性があります。

※鶴見区・駒岡エリアのデータは、食べログ、横浜市統計ポータル等の公開情報を基に店舗立地研究所が整理したものです。統計値はエリア全体の傾向を示すものであって、重寿司単体の来店客数や商圏そのものを表すものではありません。

店舗立地研究所が「気になる」と感じた3つのポイント

1.「継承拒否」から始まった二代目継承

父から「女の幸せを考えろ」と一度は継承を断られながらも、「大好きな店を失いたくない」という思いだけで2代目となった経緯は、単純な後継者不足の解消とは異なる、強い個人の意志による事業承継の事例として際立っています。

2.「赤字」報道後も営業を継続し、攻めの移転へ

「売れば売るほど赤字」というテレビ特集で経営の厳しさが伝えられてから10年以上を経てもなお営業を継続し、2024年には自ら移転リニューアルという前向きな投資に踏み切った点は、この店の底力を示すエピソードです。

3.ライバル店から学ぶという、開かれた商売の姿勢

「みんなライバルなのに裏側までしっかり見せてくれて、本当に有り難かった」という亜香根さんの言葉に象徴されるように、競合店を敵視せず学びの対象とする姿勢は、個人商店同士の新しい関係性のあり方を示しています。

店舗経営の視点:個人経営の飲食店の収益構造改善と、商店街単位での支援制度

「売れば売るほど赤字」という構造的な課題を抱える個人経営の飲食店にとって、原価管理や価格設定の見直し、あるいは店舗改装による生産性向上といった経営面での対応は、避けて通れないテーマになる。以下は、重寿司の運営者が現在こうした制度を実際に利用している、または利用を必要としていると確認したものではない。あくまで、同様の課題を抱える個人経営の飲食店・小規模事業者が、今後の判断において一般的に参考となり得る横浜市・鶴見区の制度を、参考情報として整理したものである。

商店街支援・空き店舗活用に関わる支援策(横浜市・鶴見区)

横浜市は商店街が実施するイベント事業や活性化事業に対する助成のほか、空き店舗を活用して創業する事業者向けに、家賃補助等の「空き店舗活用助成金」(上限50万円、補助率2/3程度)を実施している。重寿司のように建て替えに伴う移転を余儀なくされるケースにおいても、こうした空き店舗活用や商店街支援の枠組みが、間接的な後押しになり得る場合がある。鶴見区商店街連合会も、傘下の各商栄会(駒岡商栄会を含む)が実施するイベントや販促活動への支援を行っており、地域全体での集客力向上という観点から、個店単独の投資を補完する役割を担っている。

小規模事業者持続化補助金(一般型)

小規模事業者を対象とした「小規模事業者持続化補助金」は、店舗の設備改善、販路開拓、ホームページ・オンライン予約システムの整備等にかかる経費の一部(補助率2/3、上限50万円〜200万円程度、事業類型により異なる)を補助する制度で、商工会議所・商工会が申請窓口となる。重寿司のような移転・改装を伴うリニューアルにおいて、対象経費や公募要件に合致すれば、こうした補助金の活用を検討する余地がある。

事業承継に関わる支援制度

親から子への事業承継においては、事業承継・引継ぎ補助金など、設備投資や経営革新に対する補助制度が用意されている場合がある。重寿司のように、後継者が家業に入ってから正式な代表就任までに一定の期間を要するケースは珍しくなく、その移行期間における経営体制の整備や、店舗のハード面の刷新にあたっては、こうした事業承継関連の支援制度が選択肢の一つになり得る。

補助金・支援制度は、採択や交付決定が約束されるものではなく、申請前に契約・発注・支払いを行うと対象外になる制度もある。まず店舗の課題と必要な投資を整理し、その後に対象制度、公募期間、補助対象経費、申請窓口を確認する順番が重要だ。

【街の店舗分析まとめ】

「重寿司」は、地域からの厚い支持と、個人経営の飲食店ならではの経営の厳しさという、一見矛盾する二つの現実を同時に抱えながら、52年にわたって鶴見区駒岡の住宅街で営業を続けてきた店だ。「女の幸せを考えろ」と一度は継承を拒まれながらも、「大好きな店を失いたくない」という強い意志で2代目となった相澤亜香根さんの物語、そして「売れば売るほど赤字」というテレビ特集で伝えられた厳しい現実を乗り越え、ビルの建て替えという逆境を「いいところ20個」を集めるという前向きな挑戦に変えた移転リニューアルの経緯からは、この店ならではの粘り強さが浮かび上がる。恵方巻教室や地区センターでの料理教室、まんぷく広場への出店など、店の利益に直結しない地域活動を15年以上にわたって継続してきた姿勢は、「give and give」という亜香根さん自身の言葉に集約される、この店の一貫した哲学を体現している。

この記事は公開情報を基にした分析であり、相澤様・岩澤様から直接お話を伺えたわけではありません。「news every.特集」の正式な放送日、二代目としての活動開始時期と社長就任時期のずれの正確な経緯、移転リニューアル後の具体的な経営状況の変化、創業75周年に向けた今後の展望など、公開情報だけでは分からないことが数多くあります。もし取材の機会をいただけましたら、相澤さんが「丁寧に、そして地域と共に」歩んできたこれまでの道のりと、これから鶴見区駒岡という土地でどのように店を育てていこうとしているのかについて、より深く、正確な記事としてお届けできればと思っております。また、本記事の内容に事実と異なる点がございましたら、下記のお問い合わせ先までご連絡いただけますと幸いです。

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出典・確認資料

執筆・分析:太田 満/編集:店舗立地研究所編集部

本記事は店舗の優劣や経営状態を格付けするものではありません。公開情報を用いて、地域店舗の魅力と立地・店舗経営上の可能性を独自に考察したものです。売上、利益、実際の顧客構成等を推定・保証するものではありません。営業時間・在庫状況・イベント内容は変更されることがあるため、ご来店・お申し込み前に必ず公式SNSでの最新情報をご確認ください。

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この記事を書いた人

太田 満のアバター 太田 満 店舗立地研究所及び合同会社ビジネスデザインラボラトリーズ代表

合同会社ビジネスデザインラボラトリーズ 代表社員
店舗立地研究所 代表

株式会社みずほ銀行にて16年間、数百社の中小企業オーナー・個人事業主の渉外・融資審査・経営相談業務に従事。
2021年独立後は創業支援・店舗出店支援を多数手がける現役コンサルティング会社代表。

専門は店舗事業の商圏(エリア)分析。2,000以上のエリア分析を実施し、「負けない店舗経営」「失敗しないフランチャイズ選び」を支援中。

資格:中小企業診断士・宅地建物取引士・フランチャイズオーガナイザーのほか、賃貸不動産経営管理士・管理業務主任者・不動産証券化マスター・M&Aシニアエキスパートなどの資格も保有。

第19回(2026年4月30日締切)小規模事業者持続化補助金の申請者に対して、KLA(KDDI Location Analyzer)を用いた自社商圏分析サポートを実施。

その他、税理士事務所様などと共催の補助金セミナーなども行っており、店舗立地や補助金などのセミナー依頼も、公式LINEからお気軽にお問い合わせくださいませ。

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